感情混線中
オレがこれまでの人生の中で土下座する人間——いや、ウマ娘の姿を見たのはそれが初めてだった。
「シャカールさん、デジたん一生のお願いです……っ、お力を貸していただけませんでしょうか……!」
年下にこンな風に頭下げられて、オレはどうしたらいいンだ——。オレは考えるより先にスカートのポケットからラムネ菓子を取り出して数粒口に放り込んだ。ガリガリと口の中で硬く砕ける食感に逃避するように目を閉じる。
コイツの一生のお願いとやらを聞く機会は、文字通り今後一生ないだろう。オレは眼前に広がる現実味のないそのつむじを見ながらぼんやり考えていた。
デジタルは普段から他のヤツのお願いをキャッチしては勝手に裏でコソコソ叶えるくせに、自分の頼み事は誰にも全く頼まないようなヤツだ。なんでも、“ウマ娘ちゃん”に下げるような頭が自分にはねェンだと。
そんなデジタルが、今地面にに頭を擦り付けている。こんな状況、普通ならありえねェ。
……一体アイツの何がデジタルをこうさせている?
オレはこのめんどくせェ状況を整理するべく一旦目の前のことは忘れて、どうしてこうなったのか記憶の中の映像を頭の中で繋ぎ始めた。
オレはその日、旧校舎の建物の陰の芝に座ってPCの画面を見つめていた。その画面に映っているのはとあるレースの映像——昨日の未勝利戦のレース映像だった。オレは一人でPCさえ触れれば、場所は部屋でも空き教室でも、いっそ誰もいねェならコンピューター室でもどこでも良かった。たまたまその日はそこが誰もいなくてすぐに寄れるってだけだったンだ。
オレが画面に映るまだ青い走りのウマ娘たちをしばらく見ていると、どうもオレの本能が視線を感じやがる。
オレは毎日いつもここにいるわけじゃねェ。昔は校舎の屋上でいつも作業をしてたが、いつの間に嗅ぎ付けたのか、オレのことを見て陰でキャーキャー言うヤツらが増えてきて屋上には行くのをやめた。それからオレはこうして毎日ワークスペースを求めて歩き回っているというワケだ。
だからここは幾つかあるオレの行き先候補の一つではあるが、オレが今日ピンポイントでここに来ることを予測できるヤツはいねェはずなンだ。
「……チッ!」
なのになンでオレのことを見るヤツがいやがるンだ! 舌打ちを吐き出して視線の方を振り向くと、そこには見慣れた——だがそこにいるとは予測できなかった——栗毛のウマ娘がいた。
「ヒィッ!」
「……ア? お前かよ」
視線の主は、オレの同期のアグネスデジタルだった。オレの周りには何故か変なヤツばかり集まってくるが、その中でもコイツは変人度合いが頭一つ抜けている。
なんでもアイツの目には自分以外のウマ娘なら誰でも“尊く”映るらしく、何か起こるといつも理解不能の奇声を上げてぶっ倒れるようなヤツだ。だが本人はそれで他のウマ娘に迷惑を掛けるのは不本意じゃないらしく、ウマ娘を観察したいときはコソコソ隠れながらやる。それがアイツの普段なンだ。
オレも一人のときやファインと一緒にいるときに観察されているのに何回か気付いたことがあるが、アイツの隠密行動のスキルはトレセン学園のヤツらの中では抜きん出ている。学園の他のヤツらは木の飾り物を持ったりサングラスとマスクをしただけで変装して隠れられていると思い込ンでやがるが、ことデジタルに関しては気配を全くと言っていいほど感じねェ。オレが気付かないだけでアイツにはもっと観察されているかもしれない。全く、この謎の技術といい脚質といいアイツにはイレギュラーが多すぎる……。
だから、振り返ったときにデジタルが全く身を隠さずに堂々と立っていたのには強烈な違和感があった。しかし作業を邪魔されたことに変わりはない。オレは再びPCに目を落として言った。
「用があるなら早く言え。オレは今忙しいンだ」
「はっ、はい、あたくしめのお話なんか一分、いえ三十秒で終わらせますのでぇ……」
「……」
三十秒で充分らしいデジタルの話は、なかなか始まらなかった。あ、とかう、とか声にならない声を漏らしながら突っ立ってるだけだ。自分のことを下げておいてウジウジするその姿勢に、オレは痺れを切らして叫んだ。
「おい、さっさと要件をいいやがれ!」
「あっ! ヒイッ、ごめんなさいごめんなさい……!」
「チッ……」
登場の仕方といいドトウみたいなハッキリしねェ態度といい、今日のデジタルはおかしい。いつものデジタルはもっとコソコソしている割に、見つかったら見つかったであり得ないくらいのスピードで口を回す。それがコイツのデフォルトなンだ。デジタルがこんな風にモゴモゴと話すところなんて見たことがなかった。
オレはコイツがここまで変わった原因を探ろうと、質問を投げかけた。
「……オイ、何かあったのかよ」
「えっとですね……最近あたし、おかしいかもしれなくて……」
「ア? おかしい?」
デジタルは立ったままオレに視線を合わせようとせず、もじもじと遊ばせている手をじっと見つめていた。コイツ、ずっと座っているオレの頭上から喋ってることに未だに気付かねェ。……別にいいけどよ。
「その、……最近、あたし、タキオンさんの姿を見たり声を聞いたりすると、心が……なんだかフワフワってするんです…………いやっ! あたしはどんなウマ娘ちゃんでも見ると心躍るんですよ!?」
「……」
——まさか、コイツ……いやまさかな……
オレはその瞬間、普段から他のウマ娘の機微に一瞬で気付けるコイツの才能に縋った。コイツに限って自分の心が分からないなんてことはないだろう。そう思いたかったンだ。だがそんなオレの期待はまだ小さいデジタルには荷が重かったようで——。
「でも、その……タキオンさんのことを考えると胸がドキドキして、苦しくて、夜眠れなくなることもあるんです……。こんな気持ち初めてで、どうしたら良いのか分からなくて、困ってて……」
言い終わるとデジタルは顔を赤くして俯いてしまった。
——マジかよ。
オレは予想以上の重症っぷりに絶句していた。
しかも、よりにもよってタキオンかよ。あんなドを何回付けても足りねェくらいド変人のタキオンだぞ。……オレはそう言ってやりたかったが、“ウマ娘ちゃんヲタク”の皮を脱いで一人の中学生の女子になったデジタルを目の前にして言えるほど、オレは残酷にはなれなかった。一体どんな態度でコイツと接するのが正解か分からなかったが、とりあえずオレは口に出しても大丈夫そうな疑問から吐き出すことにした。
「あァ……で、なんでオレにそれを相談しに来たんだよ」
「……この気持ちが何なのかを、よければシャカールさんに調べていただきたくて」
「……は?」
おい待てコイツ、本当に自分の気持ちが何か分かってないのか——!?
「あぁっもちろんタダとは言いません!! あたしなんかで良ければいくらでもデータは提供しますからぁっ!!」
「違っ、そういうことじゃなくて——」
オレが言葉を続けようとするとデジタルはそれを遮り、胡座をかいて地べたに座るオレの頭よりも更に頭を下げ、遂に地面に頭を擦り付けた。
「おい……!」
「シャカールさん、デジたん一生のお願いです……っ、お力を貸していただけませんでしょうか……!」
そう言って、デジタルは文句のつけようのない土下座をオレの目の前で披露してみせたのだ。
「……ッ!!」
——クソ……!! マジでめんどくせェ……!!
そう叫んで逃げ出したい気持ちを理性で抑え、オレはスカートのポケットからラムネを取り出し口の中に数粒放り込んだ。ラムネはオレの不満の牙によってなす術なく素直に砕け散る。涼やかな味が口の中にサラサラと残った。
「ふー……」
正直断るのは簡単だった。一言「無理」と言えばすぐに引き下がるようなヤツだ、すぐに諦めてくれるだろう。だがその時のオレは年下に真正面から土下座された衝撃で頭がイカれていたのと、コイツが口走ったデータという誘惑に負けて、デジタルの言葉を受け入れてしまったのだ。
「……おい、今からタキオンのところに行くぞ」
「へっ!?」
オレの言葉が意外だったのか、デジタルは固めていた土下座から顔を上げた。
「お前はタキオンへの気持ちを知りたい。オレはお前のデータを取りたい。……それならやることは一つだろ」
「……や、やることと言いますとぉ……?」
「ああン? 併走に決まってンだろうが」
オレがそう言い放つと、デジタルの顔がさあっと青ざめた。全く、顔を赤くしたり青くしたり忙しいヤツだ。
それにしても誰かを好きになるだけでこんなにも簡単にイカれちまうなンて、人ってのは単純なものだな。
◆
「ふぅン、デジタル君と併走ね」
「……あァ」
オレとデジタルは、ちょうどグラウンドで走り込みをしていたタキオンを捕まえたところだった。
タキオンは、オレとその隣で小さくなっているデジタルを何度か見比べた。そりゃそうだ、併走したいと言っているのはデジタルなのに、何故かオレが併走の打診をしているのだから。タキオンのことだから何か勘付いてはいるかもしれないが、オレはコイツの気持ちを隠してやるところまでは頼まれてねェ。……そもそもオレは黙ることはいくらでもできるが、何かを隠したり嘘を吐くことは苦手だった。
「まぁシャカール君のことだ、何か取りたいデータがあるのだろうね。いいよ、私もちょうど暇を持て余していたところだし」
「……! ありがとうございますぅ……!」
タキオンの言葉を聞いて顔を明るくさせるデジタルをよそに、オレはデータを取るための準備を始めた。コイツに着ける用の腕時計型のウェアラブル端末、モバイル無線ルーター、ノートパソコン。ウェアラブル端末の電源を点けると、オレの相棒であるプログラム——Parcaeにそのデータが同期され始めた。
「……よし、準備できたぞ。これ着けろ」
「はっ、はいぃ!」
デジタルがウェアラブル端末を手首に装着すると、今のデジタルの体温、心拍数、血圧がParcaeに流れ込んできた。画面上に、毎秒一フレームの速度でそれぞれの折れ線グラフが生成されてゆく。コイツが走り始めたら区間ごとのタイムと時速も記録されるだろう。
思えば惚れた相手が隣にいるウマ娘のデータを取るなんて初めてだ。こんなデータを取ったとて、果たしてオレの身になるのだろうか。まァコイツのことは置いておいて——オレは別に誰かに惚れてるわけじゃねェし、これからも誰にも惚れねェ自信がある。オレは、オレの恋人はデータだけだと断言することができる。ひょっとしたらこんなデータはノイズにしかならないかもしれねェと思い始めたところで、二人がスタートラインに立っていたのに気付いた。タキオンが手を上げ、こちらに呼びかける。
「シャカール君、頼むよ」
「あァ」
一瞬PCに目を落とすと、タキオンの隣に立つデジタルの身体のあらゆる数値は既に乱れきっていた。他のウマ娘が隣にいるだけで息が荒くなるのはデジタルにとって日常茶飯事ではあるが、それにしたって今のアイツは見たことのない数字を叩き出している。
(大丈夫かよ、アイツ)
そんなことを思いながらオレはトラックから離れたところに立ち、片腕を上げて——
「よォい」
一気に振り下ろした。
「ドン」
二人の脚がオレの前を駆けていった。スタートした瞬間、二人の距離が離れてゆく。デジタルの方は前回計測時からその時速はほぼ変化なし。このままだと最初のラップタイムも同様だろう。
しかし相変わらず体温も心拍数も血圧もデタラメかと見紛うほど滅茶苦茶な数字だ。この数字が正しいなら、アイツはほぼ風邪とかインフルに罹ったときと近しい状態でタキオンとやりあっていることになる。オレがこうやって訝しむ間にも、デジタルはいつもと同じ調子で芝を駆ける。アイツの持ち味はその末脚。まだ第三コーナーである今、アイツが本調子で走りきれるのかどうかの判断をするのには早い。固唾を呑んでオレが二人の走りを見ていると、デジタルの脚が徐々に上がり始めた。
「……マジ、かよ」
デジタルの速度は衰えないどころか、更に速度を増してゆき——第四コーナーでついに、デジタルのスピードが限界を超えた。今まで見たことがない速度でタキオンを追いかけている。
「……ッ!?」
Parcaeが示すデジタルのラップタイムはもはや、ここがレース場ならレコードタイム間違い無しの数字だった。いや、レコードタイムなんか目じゃねェ。その時のデジタルは、Parcaeが示すデジタルの推定最高速度を上回る数字を叩き出していた。Parcaeに入ったデジタルのデータはオレのそれよりももちろん数は少ないが、それにしたって嘘みてェな数字だ。先行策を取っていたタキオンも後方のデジタルの気配で明らかに動揺している。
「これは、一体……」
タキオンがそう呟いた刹那、デジタルは最終直線に入った。残り四〇〇メートルでデジタルは最高速に達し、タキオンを置き去りにした。事の重大さに気付いたタキオンも必死の形相で追ってきて、その差はどんどん縮まってきている。これはもはや、学園のグラウンドで行われているただの併走ではなかった。目の前に広がるのはGⅠレースの景色だと言っても疑う者はいなかっただろう。ただ一つ違うのは、その証人がオレとParcaeだけであることだった。
「デジタル!」
オレが叫ぶと、デジタルは最後の力を振り絞るようにしてラストスパートをかけた。そして——
「ハァ……ハァ……ハァ…………あ、あぁぁ……ああぁぁぁぁぁ!!」
デジタルは更に脚を伸ばし先頭でゴール板を抜いた。続いて一バ身差でタキオンがゴールした。
在り得なかった。こんなことは在ってはならなかった。初めてParcaeが——、オレの相棒が目の前で敗れたのだ。レース結果の試算まではさせていなかったものの、デジタルがParcaeの推定最高速度を上回った——その事実だけで、オレを打ちのめすのには充分だった。
「………ッハハ」
オレは肩で息をしながらコースにへたり込むデジタルを見て、思わず笑い声を洩らす。僅かな希望と絶対的な絶望が同時にオレを襲い、オレは一つも走ってないのにじっとりとした汗が背中を伝っていた。
◆
「シャカールさん、本っ当にありがとうございます……っ!」
タキオンと別れた後、デジタルはまた深々と頭を下げてきた。だがオレは、目の前のデジタルのことなどどうでもよかった。その時のオレの興味は、さっきのデジタルがParcaeが示す限界の数値を超えたこと——ただそれだけに注がれていた。
オレの『最高の』勝利を示してくれるParcaeは、オレが初めて試算したときから今に至るまで、『オレが日本ダービーで七センチメートル差で負ける』という計算結果を吐き出し続けている。その七センチメートルという数字はParcaeが導いている以上、決して覆らない。Parcaeは、まるで背骨のようにオレの身体を貫く運命そのものと言っても過言ではなかった。
しかしデジタルは、オレの運命をいとも容易く折ってみせたのだ。しかも、オレの目の前で。……アイツは、七センチメートルという数字に呪われていたオレを感情という非論理的なものでその呪縛を見事に癒やしてみせたのだ。
練習場の観客席で座りながらPCを弄っていたオレは、隣に座るデジタルに話し掛けた。
「……おい」
「ヒッ! ななななんでしょう!」
「お前のタキオンに対する感情が分かったぜ。教えてほしいか?」
オレがちょっと揺さぶると、予想通りデジタルは身を乗り出して食い付いてきた。
「ひょ、ヒョエッ!? それはもちろん、ぜひ教えてくださいっ!!」
「ハッ、じゃあ交換条件だ——」
コイツもコイツでドをいくつ付けても足りねェド変人ではあるが、オレの知り合いの中では一番扱いやすいヤツだ。オレは口元を歪めてこう続ける。
「——お前、これから毎日タキオンと併走しろ。それでそのデータを全部オレによこせ」
「えぇぇっ!! そそそれはちょっと……!」
デジタルは手を横にぶんぶんと振って拒絶する。デジタルが仮にもウマ娘であるオレからの頼みを断るなんて、やっぱり変だ。逆になんかむず痒い。
「嫌ならいいぜ? その代わり、お前のタキオンへの気持ちは一生分からねェままだろうけどな」
「んぐっ……!」
「どっちがイイか、好きな方選べよ」
オレが発破をかけると、デジタルは喉を詰まらせたような声を上げて頭を抱えた。
正直、デジタルがどっちを選ぶのかなんて分かりきっていた。今はちょっとイカれちまってるとはいえ、コイツがオレの頼みを断ってなおかつ自分の感情にも疑問を抱き続ける選択肢なんか取るはずない。デジタルは“ウマ娘ちゃん”の頼みは全て果たし、自分の中にもモヤモヤは残したくないようなヤツだ。オレはそう確信していた。
デジタルはしばらく葛藤していたが、やがて腹を決めたのか大きく頭を下げた。
「……わ、分かりました……、タキオンさんと併走します。だからどうか……お願いしますっ」
「よし。交渉成立だ」
教えてやるよ、と続けてオレは深々と頭を下げているデジタルの耳元に近付きこう囁いた。
「デジタル。お前はタキオンに惚れちまってる」
「………っえ?」
オレの言葉の意味がうまく呑み込めなかったのか、デジタルは顔を上げた。デジタルの丸い両の目がオレを見上げる。オレとデジタルには身長の差がかなりあるから、オレの高さからだと太陽の光を吸い込むコイツの目がよく輝いて見えた。その純真そうな瞳に当てられて、オレもほんの一瞬だけガキの頃に戻されたような錯覚に陥った。
「タキオンに触られたり話しかけられる度にドキドキするんだろ? それはな、恋ってヤツだ」
「こ、っこここい……!?」
中等部のコイツには恋という言葉の方が手っ取り早くて理解しやすいだろうと思い、敢えてこの単語で言い直してみたのだが——どうやら想像以上に効果があったらしい。みるみるうちに顔は頭に着けているリボンみたいに真っ赤に染まって、その瞳と口が歪んだ。
「え、ウソ、そんな……えっ……!?」
「ハハッ! ま、オレはこれ以上は専門外だからなァ。……そうだな、タキオンにでも聞けばもっとわかるンじゃねェか」
年下を弄んで面白がるのはオレの趣味じゃねェが、こんな反応されるとつい意地悪したくなるってもんだよな。デジタルは口を押さえて視線を右往左往させる。
「んな、な、な……」
オレはその視線の進路を妨げるようにこう割り込んだ。
「——じゃァ、明日から併走とデータ、頼むぜ」
「は、はふぁ~~!! シャカールさぁん~~………!!」
デジタルの縋るような声を聞きながら、オレはPCを抱えて練習場を離れた。
早く今日のデータを分析しなければならない。今までは感情を扱うのはコスパが悪いと切り捨てていたが、その認識を改めなければならないようだ。
オレも早くアイツみたいにParcaeの天啓をぶっ壊したい。
そのためにもデジタルから得られるデータは貴重だし、何よりアイツがタキオンに対して抱いている想いは、オレにとっても大切なものになるだろう。それにしても一番非論理的だと思っていた“感情”を今更掬い上げることになるなンてな。オレが七センチメートルをぶっ壊すためにも、アイツらにはもっと仲良くなってもらわねェと。オレはそんなことを考えながら、ワークスペースを求めて彷徨い始めるのだった。
「シャカールさん、デジたん一生のお願いです……っ、お力を貸していただけませんでしょうか……!」
年下にこンな風に頭下げられて、オレはどうしたらいいンだ——。オレは考えるより先にスカートのポケットからラムネ菓子を取り出して数粒口に放り込んだ。ガリガリと口の中で硬く砕ける食感に逃避するように目を閉じる。
コイツの一生のお願いとやらを聞く機会は、文字通り今後一生ないだろう。オレは眼前に広がる現実味のないそのつむじを見ながらぼんやり考えていた。
デジタルは普段から他のヤツのお願いをキャッチしては勝手に裏でコソコソ叶えるくせに、自分の頼み事は誰にも全く頼まないようなヤツだ。なんでも、“ウマ娘ちゃん”に下げるような頭が自分にはねェンだと。
そんなデジタルが、今地面にに頭を擦り付けている。こんな状況、普通ならありえねェ。
……一体アイツの何がデジタルをこうさせている?
オレはこのめんどくせェ状況を整理するべく一旦目の前のことは忘れて、どうしてこうなったのか記憶の中の映像を頭の中で繋ぎ始めた。
オレはその日、旧校舎の建物の陰の芝に座ってPCの画面を見つめていた。その画面に映っているのはとあるレースの映像——昨日の未勝利戦のレース映像だった。オレは一人でPCさえ触れれば、場所は部屋でも空き教室でも、いっそ誰もいねェならコンピューター室でもどこでも良かった。たまたまその日はそこが誰もいなくてすぐに寄れるってだけだったンだ。
オレが画面に映るまだ青い走りのウマ娘たちをしばらく見ていると、どうもオレの本能が視線を感じやがる。
オレは毎日いつもここにいるわけじゃねェ。昔は校舎の屋上でいつも作業をしてたが、いつの間に嗅ぎ付けたのか、オレのことを見て陰でキャーキャー言うヤツらが増えてきて屋上には行くのをやめた。それからオレはこうして毎日ワークスペースを求めて歩き回っているというワケだ。
だからここは幾つかあるオレの行き先候補の一つではあるが、オレが今日ピンポイントでここに来ることを予測できるヤツはいねェはずなンだ。
「……チッ!」
なのになンでオレのことを見るヤツがいやがるンだ! 舌打ちを吐き出して視線の方を振り向くと、そこには見慣れた——だがそこにいるとは予測できなかった——栗毛のウマ娘がいた。
「ヒィッ!」
「……ア? お前かよ」
視線の主は、オレの同期のアグネスデジタルだった。オレの周りには何故か変なヤツばかり集まってくるが、その中でもコイツは変人度合いが頭一つ抜けている。
なんでもアイツの目には自分以外のウマ娘なら誰でも“尊く”映るらしく、何か起こるといつも理解不能の奇声を上げてぶっ倒れるようなヤツだ。だが本人はそれで他のウマ娘に迷惑を掛けるのは不本意じゃないらしく、ウマ娘を観察したいときはコソコソ隠れながらやる。それがアイツの普段なンだ。
オレも一人のときやファインと一緒にいるときに観察されているのに何回か気付いたことがあるが、アイツの隠密行動のスキルはトレセン学園のヤツらの中では抜きん出ている。学園の他のヤツらは木の飾り物を持ったりサングラスとマスクをしただけで変装して隠れられていると思い込ンでやがるが、ことデジタルに関しては気配を全くと言っていいほど感じねェ。オレが気付かないだけでアイツにはもっと観察されているかもしれない。全く、この謎の技術といい脚質といいアイツにはイレギュラーが多すぎる……。
だから、振り返ったときにデジタルが全く身を隠さずに堂々と立っていたのには強烈な違和感があった。しかし作業を邪魔されたことに変わりはない。オレは再びPCに目を落として言った。
「用があるなら早く言え。オレは今忙しいンだ」
「はっ、はい、あたくしめのお話なんか一分、いえ三十秒で終わらせますのでぇ……」
「……」
三十秒で充分らしいデジタルの話は、なかなか始まらなかった。あ、とかう、とか声にならない声を漏らしながら突っ立ってるだけだ。自分のことを下げておいてウジウジするその姿勢に、オレは痺れを切らして叫んだ。
「おい、さっさと要件をいいやがれ!」
「あっ! ヒイッ、ごめんなさいごめんなさい……!」
「チッ……」
登場の仕方といいドトウみたいなハッキリしねェ態度といい、今日のデジタルはおかしい。いつものデジタルはもっとコソコソしている割に、見つかったら見つかったであり得ないくらいのスピードで口を回す。それがコイツのデフォルトなンだ。デジタルがこんな風にモゴモゴと話すところなんて見たことがなかった。
オレはコイツがここまで変わった原因を探ろうと、質問を投げかけた。
「……オイ、何かあったのかよ」
「えっとですね……最近あたし、おかしいかもしれなくて……」
「ア? おかしい?」
デジタルは立ったままオレに視線を合わせようとせず、もじもじと遊ばせている手をじっと見つめていた。コイツ、ずっと座っているオレの頭上から喋ってることに未だに気付かねェ。……別にいいけどよ。
「その、……最近、あたし、タキオンさんの姿を見たり声を聞いたりすると、心が……なんだかフワフワってするんです…………いやっ! あたしはどんなウマ娘ちゃんでも見ると心躍るんですよ!?」
「……」
——まさか、コイツ……いやまさかな……
オレはその瞬間、普段から他のウマ娘の機微に一瞬で気付けるコイツの才能に縋った。コイツに限って自分の心が分からないなんてことはないだろう。そう思いたかったンだ。だがそんなオレの期待はまだ小さいデジタルには荷が重かったようで——。
「でも、その……タキオンさんのことを考えると胸がドキドキして、苦しくて、夜眠れなくなることもあるんです……。こんな気持ち初めてで、どうしたら良いのか分からなくて、困ってて……」
言い終わるとデジタルは顔を赤くして俯いてしまった。
——マジかよ。
オレは予想以上の重症っぷりに絶句していた。
しかも、よりにもよってタキオンかよ。あんなドを何回付けても足りねェくらいド変人のタキオンだぞ。……オレはそう言ってやりたかったが、“ウマ娘ちゃんヲタク”の皮を脱いで一人の中学生の女子になったデジタルを目の前にして言えるほど、オレは残酷にはなれなかった。一体どんな態度でコイツと接するのが正解か分からなかったが、とりあえずオレは口に出しても大丈夫そうな疑問から吐き出すことにした。
「あァ……で、なんでオレにそれを相談しに来たんだよ」
「……この気持ちが何なのかを、よければシャカールさんに調べていただきたくて」
「……は?」
おい待てコイツ、本当に自分の気持ちが何か分かってないのか——!?
「あぁっもちろんタダとは言いません!! あたしなんかで良ければいくらでもデータは提供しますからぁっ!!」
「違っ、そういうことじゃなくて——」
オレが言葉を続けようとするとデジタルはそれを遮り、胡座をかいて地べたに座るオレの頭よりも更に頭を下げ、遂に地面に頭を擦り付けた。
「おい……!」
「シャカールさん、デジたん一生のお願いです……っ、お力を貸していただけませんでしょうか……!」
そう言って、デジタルは文句のつけようのない土下座をオレの目の前で披露してみせたのだ。
「……ッ!!」
——クソ……!! マジでめんどくせェ……!!
そう叫んで逃げ出したい気持ちを理性で抑え、オレはスカートのポケットからラムネを取り出し口の中に数粒放り込んだ。ラムネはオレの不満の牙によってなす術なく素直に砕け散る。涼やかな味が口の中にサラサラと残った。
「ふー……」
正直断るのは簡単だった。一言「無理」と言えばすぐに引き下がるようなヤツだ、すぐに諦めてくれるだろう。だがその時のオレは年下に真正面から土下座された衝撃で頭がイカれていたのと、コイツが口走ったデータという誘惑に負けて、デジタルの言葉を受け入れてしまったのだ。
「……おい、今からタキオンのところに行くぞ」
「へっ!?」
オレの言葉が意外だったのか、デジタルは固めていた土下座から顔を上げた。
「お前はタキオンへの気持ちを知りたい。オレはお前のデータを取りたい。……それならやることは一つだろ」
「……や、やることと言いますとぉ……?」
「ああン? 併走に決まってンだろうが」
オレがそう言い放つと、デジタルの顔がさあっと青ざめた。全く、顔を赤くしたり青くしたり忙しいヤツだ。
それにしても誰かを好きになるだけでこんなにも簡単にイカれちまうなンて、人ってのは単純なものだな。
◆
「ふぅン、デジタル君と併走ね」
「……あァ」
オレとデジタルは、ちょうどグラウンドで走り込みをしていたタキオンを捕まえたところだった。
タキオンは、オレとその隣で小さくなっているデジタルを何度か見比べた。そりゃそうだ、併走したいと言っているのはデジタルなのに、何故かオレが併走の打診をしているのだから。タキオンのことだから何か勘付いてはいるかもしれないが、オレはコイツの気持ちを隠してやるところまでは頼まれてねェ。……そもそもオレは黙ることはいくらでもできるが、何かを隠したり嘘を吐くことは苦手だった。
「まぁシャカール君のことだ、何か取りたいデータがあるのだろうね。いいよ、私もちょうど暇を持て余していたところだし」
「……! ありがとうございますぅ……!」
タキオンの言葉を聞いて顔を明るくさせるデジタルをよそに、オレはデータを取るための準備を始めた。コイツに着ける用の腕時計型のウェアラブル端末、モバイル無線ルーター、ノートパソコン。ウェアラブル端末の電源を点けると、オレの相棒であるプログラム——Parcaeにそのデータが同期され始めた。
「……よし、準備できたぞ。これ着けろ」
「はっ、はいぃ!」
デジタルがウェアラブル端末を手首に装着すると、今のデジタルの体温、心拍数、血圧がParcaeに流れ込んできた。画面上に、毎秒一フレームの速度でそれぞれの折れ線グラフが生成されてゆく。コイツが走り始めたら区間ごとのタイムと時速も記録されるだろう。
思えば惚れた相手が隣にいるウマ娘のデータを取るなんて初めてだ。こんなデータを取ったとて、果たしてオレの身になるのだろうか。まァコイツのことは置いておいて——オレは別に誰かに惚れてるわけじゃねェし、これからも誰にも惚れねェ自信がある。オレは、オレの恋人はデータだけだと断言することができる。ひょっとしたらこんなデータはノイズにしかならないかもしれねェと思い始めたところで、二人がスタートラインに立っていたのに気付いた。タキオンが手を上げ、こちらに呼びかける。
「シャカール君、頼むよ」
「あァ」
一瞬PCに目を落とすと、タキオンの隣に立つデジタルの身体のあらゆる数値は既に乱れきっていた。他のウマ娘が隣にいるだけで息が荒くなるのはデジタルにとって日常茶飯事ではあるが、それにしたって今のアイツは見たことのない数字を叩き出している。
(大丈夫かよ、アイツ)
そんなことを思いながらオレはトラックから離れたところに立ち、片腕を上げて——
「よォい」
一気に振り下ろした。
「ドン」
二人の脚がオレの前を駆けていった。スタートした瞬間、二人の距離が離れてゆく。デジタルの方は前回計測時からその時速はほぼ変化なし。このままだと最初のラップタイムも同様だろう。
しかし相変わらず体温も心拍数も血圧もデタラメかと見紛うほど滅茶苦茶な数字だ。この数字が正しいなら、アイツはほぼ風邪とかインフルに罹ったときと近しい状態でタキオンとやりあっていることになる。オレがこうやって訝しむ間にも、デジタルはいつもと同じ調子で芝を駆ける。アイツの持ち味はその末脚。まだ第三コーナーである今、アイツが本調子で走りきれるのかどうかの判断をするのには早い。固唾を呑んでオレが二人の走りを見ていると、デジタルの脚が徐々に上がり始めた。
「……マジ、かよ」
デジタルの速度は衰えないどころか、更に速度を増してゆき——第四コーナーでついに、デジタルのスピードが限界を超えた。今まで見たことがない速度でタキオンを追いかけている。
「……ッ!?」
Parcaeが示すデジタルのラップタイムはもはや、ここがレース場ならレコードタイム間違い無しの数字だった。いや、レコードタイムなんか目じゃねェ。その時のデジタルは、Parcaeが示すデジタルの推定最高速度を上回る数字を叩き出していた。Parcaeに入ったデジタルのデータはオレのそれよりももちろん数は少ないが、それにしたって嘘みてェな数字だ。先行策を取っていたタキオンも後方のデジタルの気配で明らかに動揺している。
「これは、一体……」
タキオンがそう呟いた刹那、デジタルは最終直線に入った。残り四〇〇メートルでデジタルは最高速に達し、タキオンを置き去りにした。事の重大さに気付いたタキオンも必死の形相で追ってきて、その差はどんどん縮まってきている。これはもはや、学園のグラウンドで行われているただの併走ではなかった。目の前に広がるのはGⅠレースの景色だと言っても疑う者はいなかっただろう。ただ一つ違うのは、その証人がオレとParcaeだけであることだった。
「デジタル!」
オレが叫ぶと、デジタルは最後の力を振り絞るようにしてラストスパートをかけた。そして——
「ハァ……ハァ……ハァ…………あ、あぁぁ……ああぁぁぁぁぁ!!」
デジタルは更に脚を伸ばし先頭でゴール板を抜いた。続いて一バ身差でタキオンがゴールした。
在り得なかった。こんなことは在ってはならなかった。初めてParcaeが——、オレの相棒が目の前で敗れたのだ。レース結果の試算まではさせていなかったものの、デジタルがParcaeの推定最高速度を上回った——その事実だけで、オレを打ちのめすのには充分だった。
「………ッハハ」
オレは肩で息をしながらコースにへたり込むデジタルを見て、思わず笑い声を洩らす。僅かな希望と絶対的な絶望が同時にオレを襲い、オレは一つも走ってないのにじっとりとした汗が背中を伝っていた。
◆
「シャカールさん、本っ当にありがとうございます……っ!」
タキオンと別れた後、デジタルはまた深々と頭を下げてきた。だがオレは、目の前のデジタルのことなどどうでもよかった。その時のオレの興味は、さっきのデジタルがParcaeが示す限界の数値を超えたこと——ただそれだけに注がれていた。
オレの『最高の』勝利を示してくれるParcaeは、オレが初めて試算したときから今に至るまで、『オレが日本ダービーで七センチメートル差で負ける』という計算結果を吐き出し続けている。その七センチメートルという数字はParcaeが導いている以上、決して覆らない。Parcaeは、まるで背骨のようにオレの身体を貫く運命そのものと言っても過言ではなかった。
しかしデジタルは、オレの運命をいとも容易く折ってみせたのだ。しかも、オレの目の前で。……アイツは、七センチメートルという数字に呪われていたオレを感情という非論理的なものでその呪縛を見事に癒やしてみせたのだ。
練習場の観客席で座りながらPCを弄っていたオレは、隣に座るデジタルに話し掛けた。
「……おい」
「ヒッ! ななななんでしょう!」
「お前のタキオンに対する感情が分かったぜ。教えてほしいか?」
オレがちょっと揺さぶると、予想通りデジタルは身を乗り出して食い付いてきた。
「ひょ、ヒョエッ!? それはもちろん、ぜひ教えてくださいっ!!」
「ハッ、じゃあ交換条件だ——」
コイツもコイツでドをいくつ付けても足りねェド変人ではあるが、オレの知り合いの中では一番扱いやすいヤツだ。オレは口元を歪めてこう続ける。
「——お前、これから毎日タキオンと併走しろ。それでそのデータを全部オレによこせ」
「えぇぇっ!! そそそれはちょっと……!」
デジタルは手を横にぶんぶんと振って拒絶する。デジタルが仮にもウマ娘であるオレからの頼みを断るなんて、やっぱり変だ。逆になんかむず痒い。
「嫌ならいいぜ? その代わり、お前のタキオンへの気持ちは一生分からねェままだろうけどな」
「んぐっ……!」
「どっちがイイか、好きな方選べよ」
オレが発破をかけると、デジタルは喉を詰まらせたような声を上げて頭を抱えた。
正直、デジタルがどっちを選ぶのかなんて分かりきっていた。今はちょっとイカれちまってるとはいえ、コイツがオレの頼みを断ってなおかつ自分の感情にも疑問を抱き続ける選択肢なんか取るはずない。デジタルは“ウマ娘ちゃん”の頼みは全て果たし、自分の中にもモヤモヤは残したくないようなヤツだ。オレはそう確信していた。
デジタルはしばらく葛藤していたが、やがて腹を決めたのか大きく頭を下げた。
「……わ、分かりました……、タキオンさんと併走します。だからどうか……お願いしますっ」
「よし。交渉成立だ」
教えてやるよ、と続けてオレは深々と頭を下げているデジタルの耳元に近付きこう囁いた。
「デジタル。お前はタキオンに惚れちまってる」
「………っえ?」
オレの言葉の意味がうまく呑み込めなかったのか、デジタルは顔を上げた。デジタルの丸い両の目がオレを見上げる。オレとデジタルには身長の差がかなりあるから、オレの高さからだと太陽の光を吸い込むコイツの目がよく輝いて見えた。その純真そうな瞳に当てられて、オレもほんの一瞬だけガキの頃に戻されたような錯覚に陥った。
「タキオンに触られたり話しかけられる度にドキドキするんだろ? それはな、恋ってヤツだ」
「こ、っこここい……!?」
中等部のコイツには恋という言葉の方が手っ取り早くて理解しやすいだろうと思い、敢えてこの単語で言い直してみたのだが——どうやら想像以上に効果があったらしい。みるみるうちに顔は頭に着けているリボンみたいに真っ赤に染まって、その瞳と口が歪んだ。
「え、ウソ、そんな……えっ……!?」
「ハハッ! ま、オレはこれ以上は専門外だからなァ。……そうだな、タキオンにでも聞けばもっとわかるンじゃねェか」
年下を弄んで面白がるのはオレの趣味じゃねェが、こんな反応されるとつい意地悪したくなるってもんだよな。デジタルは口を押さえて視線を右往左往させる。
「んな、な、な……」
オレはその視線の進路を妨げるようにこう割り込んだ。
「——じゃァ、明日から併走とデータ、頼むぜ」
「は、はふぁ~~!! シャカールさぁん~~………!!」
デジタルの縋るような声を聞きながら、オレはPCを抱えて練習場を離れた。
早く今日のデータを分析しなければならない。今までは感情を扱うのはコスパが悪いと切り捨てていたが、その認識を改めなければならないようだ。
オレも早くアイツみたいにParcaeの天啓をぶっ壊したい。
そのためにもデジタルから得られるデータは貴重だし、何よりアイツがタキオンに対して抱いている想いは、オレにとっても大切なものになるだろう。それにしても一番非論理的だと思っていた“感情”を今更掬い上げることになるなンてな。オレが七センチメートルをぶっ壊すためにも、アイツらにはもっと仲良くなってもらわねェと。オレはそんなことを考えながら、ワークスペースを求めて彷徨い始めるのだった。