赤穂屋本館

二人の魔法

「デジタル君。いつも思うけれど、君は魔法使いみたいだね」

 タブレットに向かってスタイラスペンを振るっていると、いつの間にか隣にいたタキオンさんに話しかけられた。
 突然耳に飛び込んできたタキオンさんの声でペンのストロークがぶれ、「はひゃっ」と情けない声が口から飛び出してしまった。

「んま、魔法使いですか?」
「ああ。君はそのタブレット一枚でどんなものでも創り出すことができるだろう」
「そ……そうですかねぇ……」

 ——トレセン学園に入学してフジさんと一緒にタキオンさんのお部屋に行くまでは、この趣味は隠さなければならないものだと思っていた。

 しかし、タキオンさんとルームメイトになってから、初めてこの趣味を他人——といってもまだタキオンさんだけだけど——に明かし始めた。……というのも、タキオンさんが晩に研究室から戻る前にあたしが画材を片付け忘れて寝落ちしてしまったときに知られたので、バレてしまったに近いけれど。
 タキオンさんはそれまで同人趣味はおろか、絵や文章を書く趣味自体に触れてこなかったようだった。

 あたしが隠しきれなかったイラストに興味深そうに視線を走らせたあと、「ふぅン」と息を漏らして「まるでプロが描いたのかのようだね」と言ってくれた。

 同人趣味は学園に入学する前から嗜んではいたが、他人からそんなことを言われたのは初めてだった。イラストを褒められた純粋な嬉しさもあったけれど、それ以上に、タキオンさんが未知に出遭ったときと同じ表情を浮かべて自分のイラストを観察していたのが印象的だった。

 ペイントソフトの「保存」ボタンをペンで押してタキオンさんの方に向き直る。
「そんなことを言ったら、タキオンさんの方が魔法使いみたいですよぉ」
「ふぅン? まぁ、それはそうかもしれないけど——」
 液晶の向こうに視線を遣っていたタキオンさんは、あたしの目を見てこう言った。

「私はこの世に存在する物理法則に則った現象しか起こせないが——君は、その中ならいかなる制約も受けないんじゃないのかい?」
 その言葉を聞いて、ああ、なんてタキオンさんらしくて素敵な表現なのだろう、と思った。
 自分はあくまで魔法のような存在ではなく、科学の力で事象を引き起こすウマ娘なのだという言い回し。
 まるで後光が差さんばかりのその尊さに当てられて、顔に熱が集まるのを感じた。熱が溢れてしまわないように、そしてタキオンさんに悟られないように顔を覆う。

「ヒィッ……そんな風に言っていただけてデジたん感無量ですぅ……」
「ふぅン? そういうものかね」
 不思議そうにタキオンさんが声を漏らすと、後ろからコポコポという水音とともに、柔らかい紅茶の香りが漂ってきた。

「ほら。今日はもうこんな時間だし、これを飲んで寝るといい」
 ハッと手を離すと、タキオンさんの手にはあたしのマグに淹れられたロイヤルミルクティーがあった。タキオンさん、いつの間に紅茶を作っていたのだろう。

「は、は、はわ!? あ、ありがとうございましゅっ!!」
 慌ててマグを受け取ると、ミルクティーの落ち着いた温度が指先に馴染んだ。

「ブルーライトを長時間浴びるのは成長過程のウマ娘には良くないことだ。作業もそこそこにして、休みたまえよ」
「は、はひっ!!」
 そう言ってタキオンさんはあたしのもとから離れると、あくびをしながら寝支度を始めた。

 タキオンさんの睡眠を妨げる訳にはいかないので、自分も早く床に就くべく手元のミルクティーを一口頂いた。舌に沁みるその味は砂糖が控え目で調えられていて、タキオンさんの好みではないことは明らかだった。

 ——やっぱり、タキオンさんのほうが魔法使いみたいですよ。

 あたしはそんなことを思いながら、浮かんだその言葉をタキオンさんの優しさがこもったミルクティーと一緒に飲み込んだ。